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diary

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思案の敗北

『思案の敗北』の全文を読んでみて、わたしに分かるところはあまりなかったのだけれど。

わたし、あれはあの空席の件だけ先に読んでいて、母のことを思い出して、涙が出ちゃったんだよね。

母の為に買った、ちょっと良い椅子。1日のほとんどを座ってて、散歩にも苦労して、ごはんはわたしが、お風呂は父が。

母も、その椅子も、もういないけど、空席だけがわたしの心の中にあり続けている気がする。

その後、母は入院した。
その頃にはわたしも病気で寝たきりみたいな状態で、自宅療養していたから、記憶が曖昧で、物騒な話、醤油の一気飲みのこととか考えていたよ。

それが何年前のことなのかも覚えてないし、家族に詳細を聞くか、役所で書類を確認するかでもしない限り、母がいつ亡くなったのかも分からない。

日付どころか、何年のことだったのかも、わたしは覚えていない。それくらい、そのときのわたしは病気で塞ぎ込んでいた。

1年か2年、わたしの時間は歪んでいた。

それでも、母が亡くなる前日に、息も絶え絶えに母がわたしの名前を呼んで謝り続けたこと。

翌日、亡くなった母が、綺麗な白い棺に入れられて安らかな顔をしていたこと。その時にわたしが最後に掛けた言葉、今も鮮明に覚えている。

(わたしが、二次元キャラクターが棺に入れられている表現がにがてなのは、母のことを思い出すから)

そのときにあった椅子が、少しボロボロで、少し凹んで、もう捨てられてしまって、家にはない筈なのに、わたしの心の中にだけまだある気がする。

この椅子をどうするのが良いのか、わたしには分からない。

もしもこれが恋人の椅子ならば、ない方がいいだろう。
けれどこの椅子は、お母さんの椅子だから、それとは話が違うような気がする。

でも思い出す度に涙が出るなら、健全じゃないんだろうか。

家族を失う悲しみをわたしは知っているけれど、機能不全家族のこの悲しみは、正しいのだろうか。

謝り続けたお母さんが、本当にわたしを愛してくれていたことだけは分かるよ。
『そんなことないよ』としか言えなかったけれど、『大好きだよ』『愛してるよ』と言えたら良かったのだろうか。


悲しい。

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